きっとうまくいく。
- ながみね
- 2022年1月30日
- 読了時間: 3分

世の中には色んな人がいるなぁ、とよく思います。
毎日、楽しく生きれる人もいれば
何でも悲観的に捉えてしまう人もいますよね。
わたしは、何を隠そう何でも悲観的に捉えてしまう人です。
東京にいる時、お金も自由な時間も無かったわたしは、それらがあれば幸せになれる、と思っていました。
地元に帰ってきて、ある程度自分が欲しいものは何でも買える様になりました。
ガスを止められることもなくなったし、
税金もきちんと収められる様になりました。
生命保険にも加入して、将来の不安に備えることも出来るようになりました。
修行中よりは、時間も出来て趣味と呼ばれる様なものに手を出すことも出来る様になりました。
でも、幸福感ていうのは変わらなかったのです。
欲しいものは買える様になったし、趣味も持てたけど、「パンが作れない」
という現実の中で、むしろ幸福感は下がっている様な気がしました。
このままでいいのかな、
このまま終わりたくない、
どうにかしたい、
こんなことがしたかったんだっけ、
こんなはずじゃない、
更に悲観的人間ていうのは、
毎日きちんと会社に行って仕事して、家族を持って、休みの日は子供と遊んだりとかして、
そんな人たちが、「まとも」な人間に見えて
自分が、ものすごくダメな人間に思えてきたりしてしまうのです。
そんな事ばっかり頭の中でぐるぐるまわって、否定ばかりしてしまうので
すぐに生きてるのが嫌になってしまうんだと思います。
一方で、そんな事全然おかまいなし、周りの目なんて気にしない。
お金がなくても、周りに呆れられても、毎日楽しそうな人もいたりします。
どういうこっちゃです。
不思議、を通り越して憧れです。
これはまた別の話ですが、わたしがバイトに行く時、母がおむすびを作ってくれていました。
わたしは大きいおむすびを食べている所を人に見られたら恥ずかしいから
小さいのにしてくれ、と言いました。
母は、そんなん気にする事か?と不思議そうです。
はい、自意識過剰です。
バイト先に、わたしのおむすびの大きさを気にしている人は
実際一人もいないのです。
ちなみに、母は死にたいと思ったことなんて1回もないなぁ。と言ってました。
こういう所なんだなぁ、と思いました。
田中さんが前に「大変」なのは、自分が「大きく変わろう」としてるっていう事。
決してマイナスな事じゃ 無い。
とおっしゃってました。
いつかわたしももっと毎日を楽しめる日が来ると思う。
いつかわたしも「まとも」に生きられる日が来る。
今は、その途中なだけ。
そのために、毎日を今をきちんと生きる。
…お!ポジティブ!勝ち!
写真は、お正月に若林くんのエッセイを読みながら食べた「わざわざ」のシュトレンです。
もともと、オードリーのオールナイトニッポンを聞いていて、オードリー面白いなぁ、と思うようになったんですが
若林くんの本は、わたしは共感する事しかないです。
「わざわざ」は長野の山の上にあるパン屋です。
そこに行く途中、遭難しかけた話はいつか機会があれば。
そんな命懸けで買ったシュトレンなので、大事に味わって食べました。
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